松岡彩子先生インタビュー

Interview Vol. 6 / 2018.11.02

次期国際協力大型ミッション
JUICEプレイヤーインタビュー

Profile
松岡 彩子 Ayako MATSUOKA

国立研究開発法人 宇宙科学研究所 准教授

過去の経験が現在に繋がり
学び、活かせることが多大にあった

JUICEとこれまでのプロジェクトについて

松岡彩子先生

——第6回目はJUICE JAPANの磁場観測機(J-MAG)の主責任研究者(Co-I)である、宇宙科学研究所 准教授の 松岡彩子 先生です。
松岡先生は、現在、どのようなプロジェクトに関わっていらっしゃるのでしょうか?

松岡氏: 現在は、プロジェクト3つに携わっています。地球周りを調べる「あらせ」、水星の「MMO(みお)」(BepiColombo)、そして木星を調べる『JUICE』ですね。

——「あらせ」と「MMO」でのお役目をお教えください。

松岡氏: 「あらせ」では、搭載した9種類の科学観測機器の一つ、磁場観測機のPI(主責任研究者)をやっています。「あらせ」は、2016年12月に打ち上がり、おかげさまで現在、非常に順調にデータが出てきています。そのデータを使って、放射線帯を調べることと、チームの人が研究できるようにテーマを調整すること、そのテーマのためのデータを用意すること等を中心にやっています。データを使えるようにしつつ、皆で論文を書く時期に来ており、成果を出す楽しい時期でもありますね。
そして、「MMO」は先日(2018年10月)に打ち上げられました。詳しくはこのJUICEプロジェクトサイトと同じく MMOプロジェクトサイト もありますのでご覧ください。

印象に残るプロジェクト・そこからの学び

松岡彩子先生

——これまでにも、たくさんのプロジェクトに関わってこられた中、特別に印象深いプロジェクトというものはありますか?

松岡氏: どれももちろんいっぱいあるのですが、結果よりも、過去の経験が現在に繋がり、学び、活かせることが多大にあったという意味では、1998年に打ち上げられた火星探査機の「 のぞみ」です。
私が学生の頃は「あけぼの」や「GEOTAIL」の時代で、学生の分担としてデータ解析をしており、「のぞみ」の火星探査機で、初めて磁場を測る機械に携わりました。
残念ながら、「のぞみ」は火星の周回軌道に到達できず、結果的には失敗であると言われてしまう衛星ではありますが、今、私が磁場を測る機械を中心にやる中で、その後の開発に大きく学びとなることがたくさんあり、「のぞみ」は多大な貢献をもたらしたプロジェクトだったと思います。

——過程からの学びは大きいものだと思いますが、活きた具体的なお話をお教えください。

松岡氏: 火星探査機「のぞみ」でつくった5mのマスト(腕)のノウハウで、その後の開発予算も無く時間も無かった「あらせ」に同じマストを使うことができています。のぞみの打ち上げが1998年でちょうど20年前のものですが、メーカーさんと一緒に設計し作ったものが、「あらせ」でパーフェクトに使え、生きてくれたことは嬉しいことでした。

——当時の最先端のものとはいえ、現在も最先端で活躍するのはすごいことですね。

不可能だと思われるようなことにも
工夫に工夫を重ね、可能となるよう考える。

JUICE参加への経緯

松岡彩子先生

——「のぞみ」が、実は生きたという実歴でJUICE参加への依頼がきたのでしょうか?

松岡氏: そうですね、その開発が、まさにJUICEに繋がっています。JUICEの磁場を測る機械は日本とイギリス・ドイツ・オーストリアで協力していますが、その磁場観測機器のPIであるイギリスのインペリアル・カレッジのMichele Dougherty教授から日本でマスト部分を作って欲しいと依頼があったことがJUICE参加への経緯です。

より良い機器をつくるために

——探査機の大きさからすると、ずいぶん長さがあるパーツのようですが、そもそも「マスト」とは、何をするためのどんなものでしょう?

松岡氏: 人工衛星にいろいろな機械を載せますが、磁場を測る機械を衛星の表面に載せてしまうと、人工衛星自体が出す磁場に影響を受けてしまい、我々が測りたい自然の磁場が測れなくなってしまいます。なので、人工衛星からなるべく長い腕を伸ばし、その腕の先端にセンサーを載せて自然界の磁場になるべく近づけて測りたいわけです。その長い腕がマストです。
同じような目的のヨーロッパで作られるブーム(折りたたみ式の腕)は6mが限界ですから、今回は8mが必須となると実歴がある日本依頼となったんでしょうね。ですが、ESAの決定で、スペインが8mのブームを作ることになりました。

——こちらの方が優れている場合でも主張はなさらないのですか?

松岡氏: 私としては過去、一番主張をしたのは、「MMO(みお)」ですね。「MMO」の磁場計測器の開発ではオーストリアと日本の共同PIでもあったのですが、ヨーロッパで2つを作るとなったときに周りを説得して最終的に1つを日本で作るということにはなりました。「JUICE」はPIではないので主張をすることはないですね。オーストリアのPIも日本を推してくれましたが、残念ながら他の国にお任せすることになりました。現在は磁場を測るセンサーが宇宙空間のどこに位置するのかを明確にするためにブームの角度を精密にするという件に取り組んでいます。

レポート

——マストを長くすることであれば、すでに可能だったのに、更に難しい部分の依頼になってしまったのですね。どのくらいの角度を求められているのですか?

松岡氏: 0.16度です。

——0.16度・・・宇宙空間でそのような精密な調整が可能なのですか?

松岡氏: ブームが正確に伸びて歪まなければいいのですが、折りたたみ式(ブーム)では元々無理なのです。それで、実歴がある日本に最初にマストも依頼があったわけです。角度調整を依頼されるにも同様で、実は同じことが「かぐや(SELENE)」でもあったからなのです。「のぞみ」、「あらせ」、「MMO(みお)」においては5mですが、「かぐや」の月探査衛星では12mのマストを載せ成功しています。

——精密な角度といい、どのような磁場を出すかなど、課題が多く随分難問のように思いますが・・

松岡氏: 現段階ですでにイギリスに何度目かの提言をしています。電流を入れたり切ったりする時間間隔や電流の強さなど多岐にわたって計算し、結果を議論しています。磁場観測器のメンバーとしてではなく衛星を作るメーカーさんができるといってくれないと作れませんから、イギリスの磁場観測機器全体の担当をしているエンジニアさんと話をすることが大切ですね。
物を作る側の立場を知らなければ、無理な要求を出しておしまいになってしまうかもしれませんが、日本としては、ものづくりも経験した上で、不可能と思われることにも工夫を重ねて、可能となるよう考えながらの要求を出せたようで、2017年秋での提案では、エンジニアもPIも検討結果を喜んでくれました。でき上がった後の試験や打ち上がった後それがうまくいくかの試験までぜひ担当して欲しいと言われたのでほっとしましたし、楽しみにしています。

国内外でのコミュニケーション

松岡彩子先生

松岡氏: 現在はほとんど海外との交流ばかりなので日本メンバーとの交流はありませんが、日本でもメンバーを増やしたいとは思ってはいます。ですが、現在はこの部分においては分担してやるような仕事ではなく計算や設計ですので、実行的にかかわっているのは現時点では私だけです。
とはいえ、孤独な感じはまったく無く、ドイツ・オーストリアのメンバーは「MMO(みお)」で今まさに一緒にやっている人たちですし、イギリスのPIは23年程前にイギリスのインペリアル・カレッジにいた頃からの知り合いです。まさか将来一緒にプロジェクトをやるとは思ってはいませんでしたよ。皆、気心はしれているのでやりやすいです。ヨーロッパなどの国民性もありますので、日本だけでやっているのとは進め方は違い、他国民族と協力をしあうという感じがとてもあります。

——お仕事の進め方として、違いを明確に感じることもありますか?

松岡氏: 今私は「MMO(みお)」でドイツ・オーストリアと一緒に仕事しているのですが、彼らは合理主義、効率主義で、納得さえすればやるとなったらきっちりやりあげ、やる意味がないと思えば動こうとはしません。気遣いよりも、やることをやるという方向で、能率が高いです。日本人のように気遣いをして黙ってしまうということはなく、責任の範疇を明確にして進めることが違いでしょうか。
プロジェクトをおこす人、作る人、解析する人、そこがはっきりと分業されていて、物を作る人はものづくりをやる、マネジメントはマネジメントに専念します。もちろん少しは双方の仕事を知っていて理解がないとできないですが、エンジニア軍団は、簡単にはできないことにも皆、まずはやってみますね。不可能に近いこともやりあげてきます。

——研究者の高い理想と優れたエンジニアが能力を存分に発揮することの間には、強い信頼関係があるのでしょうね。

子供時代 宇宙方面に進んだ経緯

松岡彩子先生

——松岡先生とお話していると、表現が豊かな方だと感じるのですが、文系方面に行こうとは思われなかったのですか?

松岡氏:そうですね、どちらも好きですが、中学生のころに数学を手法として物事を表現することをおもしろく感じ、それからは物理もおもしろいと思いましたね。

——女性が物理方面というのはジェネレーション的には少なかったと思うのですが、進路の決め手はなんですか?

松岡氏: 大学などを選ぶ時には、宇宙関連ができるところがあるかどうかぐらいは情報誌を見て知っていましたが、物理ができればいいなと思っていたぐらいです。東大の教養は理科1類で、理学部と工学部を選ぶ時点で、自然現象を数式に乗せるとか説明をすることに憧れて理学部にしました。
理学部で勉強すると言っても、地球物理学科では宇宙のこともできるということを知った程度です。宇宙方面のことをやることとは、ハードルも高かったし、かけ離れた感じがしていて、まだわかってはいませんでしたね。
修士を2年やったところでは、企業就職か公務員の研究職の、宇宙とは関係ないところへの就職活動をしていました。最終的にどうするかを決める日に、なぜか研究しているイメージがわかなくて、そこで働いている自分がイメージできなかったんですよね。なんでしょうね・・・前日まで悩みぬいて、やはりもう少し勉強してみたくて博士課程に進むことにしました。その頃まで、宇宙関係に行くとは実感がなかったですね。その頃でも、宇宙研にいけば自分のやりたいことができるということがわかったぐらいです。

ワンステップワンステップを確認し
心配をしながら、活躍を祈る

研究・仕事としての楽しみ

松岡彩子先生

——働くために大事なこと、楽しいと思われることはなんでしょうか。

松岡氏: 働く前までは、研究者というのは、もっと内にこもって、一人とか、研究者間だけのつきあい程度だろうと思っていたのですが、メーカーさんや他の研究者だけでなく、いろいろな分野の方と綿密な話し合いがすごく多かったですね。コミュニケーションを取ることが大事だとは思っています。
心が動くこと、感動としては、地上で打ち上げ前にいろいろやった準備が試されるのは、当然ですが打ち上げ後ですから、最初にデータが出てくる時に一番心臓がバクバクしますね。そして、宇宙空間での磁場がどっちを向いているかがわかるのはさらに、そのデータを見てからですから、またその時には心臓がバクバクします。ワンステップワンステップを確認していき途中途中、心配をしながら活躍を祈るような気持ちです。

——産み、育て、手を離れた後も活躍を見守る「親」の表情をなさっていて、お話を伺っていて心あたたまる想いがします。プロジェクトを次の世代へ引き渡すことはどうお感じになっていますか?

JUICEが繋げる次世代

松岡氏: そうですね、活躍を大切に見守っていきたいですね。そして、次世代に関わる人としてはデータも扱える人を増やしておきたいです。惑星ミッションというものは、どうしても距離的に時間的に長いものなので、準備部隊と解析部隊が変わってしまいますから。
「BebiColombo」も2000年ぐらいから関わっていますが、水星に到着するのが2025年ですから四半世紀プロジェクトです。「JUICE」がガニメデにつくころには、私はもう研究者としては現役ではないのですが、後世に残る良いプロジェクトになることはすでに明確ですし、その頃にも日本が主体となって関わるためには、今のうちにしっかりと日本としてできることを提供したいと思っています。
だからこそ、「JUICE」の初期は力をいれておかないといけないです。日本の他の研究者の信頼、日本の国への信頼へと繋がるようにしていかなければならないと思っています。

——とても温かい目線でお仕事をなさっている松岡先生、今大変だとは思いますが将来の科学のために、未来の日本のためにも、どうぞよろしくお願いします。

取材:Nyan&Co. 西川