どう進化したかを解読する。
そしてガニメデの地下海は?
ガニメデレーザー高度計(GALA)の役割
——第4回目はJUICE搭載機器GALA(ガニメデレーザー高度計)の日本側プリプロジェクトマネージャーである、宇宙科学研究所准教授の 塩谷圭吾先生です。
日本としては、JUICEに搭載される機器のうち4つに関わるということですが、そのうちの1つ、塩谷先生がご担当なさっているGALAについてのご説明をお願いいたします。
塩谷氏: JUICEに搭載するGALAは、多くの研究者や企業によって開発が進められています。そのGALAとはどんな装置なのかわかりやすく言いますと、木星の衛星ガニメデの地形を測り、精密な立体地図を作るための装置です。
GALAは、軌道上から衛星の地表にレーザーを照射し、その反射光を受信します。照射と受信の時間差を利用して距離を測る装置です。1回の距離測定では衛星表面の1ヶ所しか測れませんが、周回軌道からひたすら測定することで、ガニメデ全域の立体地図を作ります。さらにもっと長い時間をかけて観測し続けて、ガニメデの全体形状の僅かな変動や歪みを捉えることに挑みます。
——その結果、何がわかると思われますか?
塩谷氏:まず、一般的なことからお話します。GALAの観測で、クレーターやその他の起伏などの地形が立体的に把握できます。地形は、それぞれ、そうなったに至る理由、どうやって出来てどう進化してきたかを物語るので、それを解読する訳です。
JUICEの他の装置のデータも総動員して、ガニメデ、木星系、ひいては太陽系について、それらを創り出した材料がどこから来たか、どう誕生したか、その進化は、といった根源的な問いに迫ります。
——GALA特有の科学目標としてはありますか?
塩谷氏:はい、あります。JUICEは木星のガリレオ衛星(イオ・エウロパ・ガニメデ・カリストの4大衛星)のうち、特にガニメデについて詳しく観測します。ガニメデはガリレオ衛星のなかでも最大で、太陽系最大の衛星であり、また、太陽から離れていて寒いため、表面は凍っているため氷衛星と言われます。しかし、氷の下には液体の水による海(地下海)がある可能性が議論されています。
地下海があると、地球の潮の満ち引きと同じ原理(潮汐力)によって、外からは見えませんが大きな流れが生じて、ガニメデ全体の形状を僅かに歪め、変動させます。地下海がないと、そのようには動きません。
GALAでは、ガニメデの全体形状の歪み、変動を観測して、この地下海を調べることに挑戦していきます。
——GALAの機器としての特徴と言えば何でしょうか。
塩谷氏:装置としてのGALAの特徴は、惑星探査や天文衛星で一般的な搭載機器である「カメラ」や「望遠鏡」と比較すると解りやすいと思います。まず、GALAは距離を測定するという、ただひとつの機能に特化した装置です。
多くのカメラや望遠鏡が、「何でも見てやろう」という使い方ができるのと対照的です。カメラも望遠鏡は、やってきた光を受けることが仕事です。一方、GALAは自らレーザーを撃ってガニメデを照らすというアクティブな面があります。このような機器は少数派です。
また、他のJUICEの多くの装置も同様なのですが、GALAも国際協力で開発し、ドイツ、日本、スイス、スペインで分担していることも特徴です。
広い視野をもって 新しい技術、装置を。
研究の姿勢とこれまでの研究
——塩谷先生は、GALAに携わる前には、元々どのような研究と装置開発をされていたのですか?
塩谷氏:
GALAをやる前は、宇宙望遠鏡に搭載する、太陽系外惑星を観測するための装置を開発していました。例えばコロナグラフというものです。これは太陽系外惑星を精密に観測するため、主星の光を大幅に除去するためのマスク素子を含む装置です。多くの太陽系外惑星にJUICEのような探査機を送り込むことはできませんから、望遠鏡で遠くから観測することになります。そうすると、惑星にくらべて圧倒的にまぶしい主星が邪魔になるので、何とかしよう、という訳です。
コロナグラフを使えばいろいろなことが解るのですが、何を明らかにしたいかという個人的な興味でいえば、太陽系外惑星の大気を分析し、生命の兆候を調べることにあります。そのためには極限的な性能が必要なので、要となるマスク素子だけでなく、鏡や望遠鏡、衛星全体と合わせて考える総力戦です。大変でもあり、やり甲斐もあり、という感じでした。
——コロナグラフとGALAは大きく違うように思いますが、違いがあるままでいまの研究に取り組めるのでしょうか。
塩谷氏:
そうですね、違いは確かに大きいです。しかし、確かに脈絡のない仕事をするだけなら少し残念ですが、それだけでもありません。
GALAではガニメデの地下海という科学目標を重要としています。地球では、海は生命に密接に関連していますから、地球以外に、ガニメデの地下に液体の水の海があるとしたら、それ自体が驚くべきことです。そこに生命がいるかどうか議論があることはさておき、生命関連環境を調べるという意味での大きな視野で見れば、コロナグラフとGALAにも大きく共通性がある訳です。
研究への取り組み方としては、せっかく天文学的手法と惑星探査の両方の分野を経験している訳ですから、分け隔てせず両方を活用したいですね。新しい科学目標のために、広い視点をもって新しい技術、装置を開発することを重視していければと思っています。
子供時代から研究への経緯・日常生活
——先生ご自身が研究者の道に進まれる前に、科学、宇宙への興味をもたれたきっかけは何ですか?
塩谷氏: 幼稚園の頃には、何か科学を研究する人になれたらいいなと思っていました。図鑑やテレビの科学ものを見るのが好きだったり、分野では、生物が好きだった記憶があります。宇宙については、本を読んで興味を持ちました。観測の最初の記憶は、親戚のお兄さんから小型の望遠鏡をもらって、月や惑星などを観察したことで、やはり感動しました。私がそういうものが好きそうなので、贈ってくれたようです。木星もガニメデも見えました。ただ、小型の望遠鏡で観測できるものは限られていて、やがてネタ切れになりました。そういう意味では、父親の棚にあったものを借りた小型の顕微鏡の方が対象は豊富でした。いずれにしても、その頃は、将来ガニメデに行く装置を作ることになるとは思いもよらなかったです(笑)。
——コロナグラフとGALAへの関連は、子供の頃からはじまってたのかもしれませんね。では、ものづくりに繋がるご趣味も小さい頃からすでにあったのですか?
塩谷氏:
あったと思います。家のガレージ等にあった、工具、道具箱、ハンダごて等を使って、電子工作、ラジオを作るようなことは普通にやりました。家のガレージに工具、道具箱、ハンダごて等があるという環境でした。その他にも釣りが好きだったので、仕掛けを考案して作ったり、ルアーや浮きを自作したりしました。
院生になってからは無人・自律で観測する「ロボット地上天文台」を開発してハワイの山頂に設置する、天文分野の研究に参加していました。そこでは実験、開発と制御、お天気判断機構からシステム全体、現地宿泊の手続きまで、何でもやる必要がありました。宇宙に飛ばすものではありませんが、原理は同じで、良い経験になりました。
——体力も要りそうですね。先生がたはみなさん早朝から深夜まで研究なさっていますが、塩谷先生もお仕事がほとんどの生活なのですか?
塩谷氏: はい、寝ていてもGALAの仕事のことを考えている気がします。うなされているだけかも知れませんが(笑)。その結果、GALAダイエットの効果で、健康診断の結果は極めて良好です。研究者とは言っても体力が大事なので、少しでもスポーツ等をするようにも心がけています。
JUICE参加への経緯
——いろいろな過程がおありでのJUICE参加は、直接的なきっかけは何でしょう。
塩谷氏: さきほどお話ししたコロナグラフは、目指していた望遠鏡に非搭載となったのですが、ちょうどその頃、GALAの人員増強が求められていました。装置開発の経験も活かせますし、系外惑星であってもガニメデの地下海であっても、宇宙における生命という科学目標に関連すると考えて、参加することにしました。
——宇宙における生命という大目標で繫がっていますものね。
開発スケジュール
——今後、JUICEの木星到達まで、塩谷先生はどのようにGALAに関わられるのでしょうか。
塩谷氏:
これから1、2年はGALAの開発を集中的にやっていきます。この間は特に、ベルリンのドイツ航空宇宙局と行き来しながら、欧州に出荷するまでは、開発作業が多い時期ですね。いま、まさに猛烈な勢いで作っているところです。
その先は、欧州での試験、打ち上げ、航行、そうしてようやく木星圏到着です。航行期間が長く、本格的な科学成果の収穫期は2030年代になってしまいます。それを終えると、自分はすぐに定年してしまいます(笑)。なので、GALAの作業量が山を越えたら、途中からは運用などの仕事をして次世代に繋ぐ具体的な方向を考えたいと思います。
議論したり、利用して戴けたら嬉しい。
そして次世代の若手の参加希望につながれば。
メッセージ
——開発真っ只中のお忙しい時期に、インタビューにご協力いただきありがとうございました。最後に、これを読んでくださる方にメッセージをお願いします。
塩谷氏: 私たちの研究は時間もかかりますので、すぐに直接的な効果は見えにくいかもしれません。ですが、言ってみれば人類の知識、理解を増やします。その計画や成果を「面白い」と思ったり、議論の種にしたり、利用したりして戴けたら、非常に嬉しく思います。特に、JUICEのような国際協力、かつ、長い期間を必要とするプロジェクトでは国や世代を超えて繋がる面白さもあります。そして、次世代の若手の参加につながったら嬉しいですね。
取材:Nyan&Co. 西川