Interview Vol. 7 / 2018.12.07
次期国際協力大型ミッション
JUICEプレイヤーインタビュー
国立研究開発法人 宇宙科学研究所 助教
JUICEへの期待は大きい
——次期国際協力大型ミッションであるJUICEプロジェクトは、どのようなプレイヤーによって進められていくのでしょうか。
プロジェクト内容やプレイヤーの日常についてお伺いしていきます。
JUICEでのお役目と淺村先生の目標
——第7回目は、JUICE-JAPANの宇宙科学研究所、助教の淺村和史先生です。
JUICEにおいて、淺村先生のお立場、お役目についてお教えてください。
淺村氏:
私が担当するのはPEP(粒子環境観測パッケージ)と呼ばれる観測機器セットの中にある、JNA(非熱的中性粒子観測器)です。PEPはプラズマ粒子や中性粒子を観測する複数の観測器で構成され、ガニメデの磁気圏や木星の磁気圏でプラズマ粒子や中性粒子がどのようなふるまいをしているのかを明らかにするための観測装置群です。
PEPとJNAはそれぞれスウェーデン宇宙物理研究所の研究者がPI(主任研究者)をつとめていて、私はJNAの一部、電子回路や検出器の開発を担当しています。
——JUICEにおいてJNAの目標、また、淺村先生個人としての目標としてはなんでしょうか。
淺村氏:
ガニメデの探査で中性粒子観測器を使ってプラズマの分布を調べることが大きな目的の1つです。ガニメデは弱いながら磁場を持っていて、地球と同じような現象が起こる可能性があります。そして、大気が希薄なので、降り込んでくる粒子はガニメデの表面に到達します。これらの粒子は、表面に当たると跳ね返ったり、表面の粒子を叩き出したりします。反射したり叩き出されたりした粒子は、多くの場合、電気的に中性な粒子です。このため、プラズマ粒子が降り込むけれど中性粒子ができることになります。生成された中性粒子を観測すると、プラズマ粒子がガニメデの表面にどういう形で降り込んでいるか、また、プラズマ粒子が木星やガニメデの周囲にどのように分布しているのかが明らかになると考えています。
オーロラも降り込みを反映しているという面があるので、地球におけるオーロラのようなものができるのはないかということですね。ただし大気が無いか、あっても地球よりは希薄なので、オーロラは光らないとは思います。この調査は地球でやっているオーロラ物理学の延長上にあり、誰もやっていないことですが、斬新というわけではありません。JUICEは氷衛星の探査ということで、生命の可能性を探るなど惑星科学の研究者の期待は大きいですし、主目的はそこにもあります。ただ、私の目的としては生命的な話というよりはプラズマ物理学ではあります。
——プラズマというものを、全く知らない人に対してご説明をお願いします。
淺村氏:プラズマというのは、イオンと電子の集まりです。プラズマはどこにでもあるのですが、宇宙空間のプラズマは、基本的にほとんどが正イオンと電子です。負イオンはあまりありません。イオンと電子の数はほぼ等しいというのがプラズマとしては重要です。ただし、この状態は外からはわかりません。イオンだけだと電気的にプラスなのでわかるのですが、近くに電子があるとプラスとマイナスがあって電気的に中性になり、外からは見えなくなります。身近にあるプラズマはそのような状態にあるわけです。
では、どうしたらわかるかというと、イオンも電子も動いているので、自らセンサーに飛び込んでくるのです。それを測るのです。プラズマに重力はあまり作用しません、電場とか磁場、特に磁場が作用します。そのような場がプラズマ粒子の動きを曲げたりします。力を加えられたイオンや電子が動くと、それ自身が電場や磁場を作り出し、電波を発生することになります。電波が発生するとイオンや電子そのものの動きは遅くなりますが、発生した電波が他のイオンや電子に力を与えるのです。中性粒子に重力は作用しますが、電場や磁場は影響しません。お互いの衝突というようなことは起こります。宇宙空間のプラズマは数が少ないので衝突はほとんど起こりません。
しかし、電場や磁場があることで、他のプラズマ粒子に影響を与えます。中性粒子が起こすような衝突とは異なりますが、それに似たような効果を生み出します。
——オーロラが光るのはその現象によるのですか?
淺村氏: そうです。そして、地球に太陽からのエネルギーがどれだけ入ってくるかというと、直接的には1平方メートルあたりおよそ1400 Wですが、それだけでなく、夜の側から電磁場を介して吹き込んでくる量も相当あるのです。太陽や恒星はほとんどプラズマでできてきると考えられています。太陽フレアなどの活動もプラズマ現象として理解していくべきでしょう。
JUICE以外のご研究
——JUICE以外の普段のご研究はどのようなものでしょうか。
淺村氏: いろいろなミッションがありますが、地球周りの磁場を測る「あらせ(ERG)」は1年前に打ち上げて、運用や運用システム、観測機器開発を行い、現在、得られたデータの解析をしています。アメリカの観測ロケットの機器開発も行っていますよ。水星探査の「MMO」では観測機器を担当し、現在ヨーロッパで試験中ですね。これらを並行してやっています。
——それぞれの作業比率はどの程度でしょう?
淺村氏: JUICEは現時点ではまだそれほど大きくないですね。今は「ERG」の機器運用や観測ロケットというような衛星運用やデータ解析が割合としては大きいですね。
——国際的な探査機に関わってこられていますが、海外にもよく行かれるのでしょうか?
淺村氏: 2005年に「 れいめい」衛星の打ち上げの際に バイコヌール宇宙基地に行きました。 「れいめい」は、オーロラ探査を主目的の宇宙研で開発した小型衛星です。その中で観測機器の開発を担当しました。ウズベキスタンに弟が駐在していたので、中央アジアに行くのには気持ち的には楽でしたが、バイコヌール宇宙基地はロシアがカザフスタンからリースしているので、ロシア語が使われていて言葉は大変でしたね。また、「チャンドラヤーン」衛星に搭載する観測機器の電子回路部分の試験にインドへも何回か行きました。
——JUICE参加への直接的な理由は何でしょう。次々と大きなプロジェクトを手掛けていらっしゃいますね。
淺村氏: スウェーデン宇宙物理研究所からの依頼ですが、「チャンドラヤーン」衛星をやっていたことがきっかけのようです。運もあるのかもしれませんが、実は私としては、これをやりたいと選択しているわけではないのです。意外と思われるかもしれませんが、誰がどれをやるという選択の余地があるわけではなくて、やれることはやるし、やれないことはやれないという状態です。結局、分野としての宇宙は狭くて、誰かがやっていないことをやるという形で研究をしているので、1つできると他の人がやっていないから自動的に「これをやるのはこの人だね」ということに自然となっていくようです。ただそれは私だけができるという意味ではなく、観測器開発をやっている人みなに能力があるので、別の人が関わったら同じような観測をするのにも別の形の観測器になっていってその方に今度は話が行くことになるのだと思います。
これまでの機器開発と、次のプロジェクトへの活かし方
——過去の人工衛星の開発についてお教えください。
淺村氏: 「チャンドラヤーン」衛星の前は「マーズエクスプレス」、「 ビーナスエクスプレス」でセンサー開発に関わっていました。これらの開発をしていたので、スウェーデン宇宙物理研究所の研究者が私を知っていたわけですが、やはりこれもただ実績が次に繫がっているということだと思います。これらの衛星の開発には同じメンバーが関わっていますよ。そして、JUICEのPEP/JNAは、「チャンドラヤーン」衛星、「MMO」( BepiColombo )についで3代目という位置づけになります。
——観測機器の開発をしてもそのまま次に使えるものばかりではないと思うのですが、改善の方法はどのような形で行われるのですか?
淺村氏: 「MMO」では「チャンドラヤーン」での反省をすべてそのまま受け入れられ改善、発展させた形になりました。これは、毎週会議で決めていく形でやっているのではありません。むしろ独自に作っていく形です。 もちろん勝手に作るのでは無く、先方はこちらに要望を伝え、こちらは先方の要望を取り入れ、そして独自に作っていくという関係です。先方のやりたいことが、「こうだろうな」ということはわかっていて、先方の思うような方法では無くても、要望されたことが実現しているということです。
——コミュニケーションとはなんなのか考えさせられますね。結局任せてしまえるほどに能力が高いということなのでしょうが。
淺村氏: 言葉を交わすことだけがコミュニケーションではなく、事実をしっかりみて推測し汲み取るということかもしれません。信頼してお互い任せることですね。
——この分野の研究にはいられたきっかけをお教えください。
淺村氏: 齋藤義文先生の影響かもしれません。齋藤先生が宇宙研に来られ、それに影響された人が探査機の「のぞみ」に関わりました。影響を受けて宇宙を対象とすることになりました。「なんかおもしろいな〜」というのが志望の理由ですが、何が決めてかというと、宇宙というより、実験をやれるということでしょうか。それより前は、地質系でフィールドワークをやることを考えていましたから実験や観測に興味があったということですね。加えて、2学年上に人工衛星搭載の観測機器開発をやっている人がいると聞いて、興味深く思っていたのもあると思います。
——観測器をメインとしながら、科学という意味ではオーロラを研究なさっていたのですか?
淺村氏: そうですね、とは言っても、電子回路は大学院に入るまで全く知りませんでしたから、この分野で始めたことはまずものづくりでしたね。粒子観測機器分野では向井利典先生がいらして、齋藤先生や平原聖文先生に引き継がれているわけで、影響はされましたが、研究としては、他の人がやっていないことをやります。
——観測機器を作るおもしろさとは何ですか?
淺村氏: 観測器をどういう形にしようかというところから考えるのがおもしろいですね。電子回路というところだけとなると、私にとっては微妙なものになるかもしれません。しかし、衛星開発ごとにセンサーと電子回路の担当者が交代するわけでもないですし、電子回路でいろいろなことを学習しているので、その分の蓄積を次に生かしていくというのはおもしろいと思います。
——こうやれば成功するという勘所みたいなものもありますか?
淺村氏:
勘所というよりはいろいろなミスをしてきたからでしょうか。都度、直すべきところはたくさんあったと思います。回路部分は相当直しました。その時に気づかなかったこともあり、後から気づいたこともあります。ただ、それらの改善、より良いものへと苦心してきた経験がすべて今に影響していると思いますね。
宇宙に飛ばすものは、軽くする、小さくする、消費電力をできるだけ小さくするということが求められます。月や水星、木星となるともっと厳しく求められます。できないとは思っていないので、「なんとかできる」と答えるわけですが、実際にやってみるとかなり大変ですね。
——成功に繋がった失敗例を具体的に教えていただけますか?
淺村氏:
「チャンドラヤーン」のときは想定外のことが起こって大変なことになりました。電子回路を小さくできると言い過ぎてしまいました。センサーから信号を最初に受ける部分の回路が容易にできると思い込んでいたのです。テストをしたら、狭い面積にたくさんの回路を載せたせいでノイズが入ってしまったのです。これは別基板に分けて動かせるようにしました。
「MMO」の時には、ある程度の大きさが必要だということで、前回の反省を踏まえて設計して試験も十分に行いました。1つの基板にいろいろと詰め込むとノイズがたくさん入ってしまい、難しいということはわかっていたので、このJUICEでもかなり工夫しました。観測機器が変わったということもあるのですが、そもそものところに立ち返り、今度はノイズが入らない形に工夫しました。
別のところにも大きな成果がでる
——成功に固執せず、思考を変えつつ新たな視点で次へと進み乗り越えられていますが、共通するつらいこともありますか?
淺村氏:
世の中の風潮として説明を求められる部分でしょうか。仕事なので当たり前ではありますが、やっていることや計画について、仕様にまとめて、その道の大家にお伺いをたて、承認を得るという作業が増えていることではありますね。
99.99%成功か、99%でいいか、90%でいいかにもよりますが、50%を90〜95%にすることなら容易にできるけど、95%から98%にするのは大変で、さらに100%を「仕様に落とし込む」のは難しいです。成功させるから、成果はそのままのものとして認めて欲しいという気持ちはあります。
——トライもチャレンジも、もしもがあったら責められて、さらに責任とその過程への説明を求められるなんてことになったら、優秀なひとでも心折れてしまうのではないかと心配してしまうのですが。
淺村氏: 恐れていてはトライさえもできませんが、ただ、いろいろやってきて感じるのは、目的に進んでいれば、別のことで大きな成果があがることもよくあるということです。なので、挫けている暇はないですね、前に進むのみです。
日常生活について
——淺村先生もお子さんがいらっしゃるそうですが、お子様はお父さんのお仕事はどの程度の理解をしてらっしゃるのでしょうか。
淺村氏: 去年、一緒に「あらせ(ERG)」の打ち上げは見に行ったので、ロケット系のなにかをやっているというのはわかってはいるようです。ただ、まだ園児なので、何になりたいというのはどうだろう、サンタクロースになりたいとは言っていましたね(笑) 夜、家に帰るのが遅く妻に任せっきりで交流もなかなかないので、なんとかして朝だけは幼稚園に送っていくようにしています。
——可愛いですね。いまは準備段階なので目に見えにくいですが、打上げの頃には誇らしく思われるでしょうね。
淺村氏: そうですね、家族の協力あっての開発で、ありがたいと思っています。
積極的に手をあげ懸命に取り組む
JUICEでの予定と、これからの淺村先生の目標
——淺村先生のお話を伺っていると、いまある目の前のことにとにかく黙々と取り組まれるご姿勢を感じますが、個人としては、次は何をやってみたいと思われますか?
淺村氏:個人的には地球周回をまたやりたいですね。データが多いし、通信が速い、詳細なデータは来るし打ち上げからすぐにデータを採れるし、地上観測と連携を取れたりしますから。ただ、宇宙研の方向としては、地球周回よりも惑星探査だと思います、地球周回は今までもやっていますから。考え方としては、惑星探査はすぐに成果に繫がるけれど、地球周回の方にはわかっていないこともたくさんあるが新鮮味に欠けるという捉え方になってしまってはいますね。ヨーロッパの宇宙関係も地球周回の方をあまり向いていなくて、惑星探査志向になっています。
ただ、私としては、機器開発が一段落したら、次を選ぶというよりは、やはりなんでも探査に関わる機会があればどんどん手を挙げて懸命にとりくんでいくつもりです。
——これからしばらくのスケジュールと、これからの世代の方にメッセージをお願いいたします。
淺村氏:「木星到達が2030年なので、機器開発は急いでいる最中です。木星まわりに到達すれば、サイエンスチームにバトンタッチですね。もっとも、その時代は今いる人たちも引退の年齢になっているので、メインで担当するのは今の学生さんたちになると思います。国際協力で、日本の各大学、研究施設と一緒にとりくむ大型の探査に加わり、データを見るのは楽しいと思いますよ、ぜひ、若い方に今の内から準備段階含めて興味をもっていただきたいですね。
取材:Nyan&Co. 西川